小田原城北ロータリークラブ会報 第2085号(2026年4月7日発行)
【R.I. 会長】フランチェスコ・アレッツォ
【R.I. 2780地区ガバナー】松下 孝
【第9グループガバナー補佐】髙杉 尚男
【R.I. 2780地区ガバナー】松下 孝
【第9グループガバナー補佐】髙杉 尚男
【会 長】須藤 公司
【副会長】柳井 渉
【幹 事】澤田 大佑
【副幹事】加藤 長治
【会場監督】木村 賴弘
【副会長】柳井 渉
【幹 事】澤田 大佑
【副幹事】加藤 長治
【会場監督】木村 賴弘
本日の例会:通常例会(第2312回)
会場:小田原卸センター内
日時:2026年4月7日
司会:加藤 長治
日時:2026年4月7日
司会:加藤 長治
| 12:30~ | 開会点鐘:須藤会長 ロータリーソング「奉仕の理想」 スピーカー及びビジター紹介 慶事祝福 会長挨拶 幹事・委員会報告 出席報告・ニコニコ箱発表 |
| 13:00~ | 本日の卓話 |
| 13:30 | 閉会点鐘:須藤会長 |
【今後の例会・卓話スケジュール】
| 4月14日 | 通常例会 |
| 4月21日 | 夜間例会 |
| 4月28日 | 休会 |
第2311回 通常例会(2026年3月31日分)
| 年月日 | 会員数 | 出席 | M.U | 出席率(休会者を除く) |
|---|---|---|---|---|
| 3月31日 | 39(32) | 27 | 1 | 77.14% |
| 3月24日 | 39(32) | 28 | 0 | 77.78% |
| 3月10日 | 39(32) | 27 | 0 | 77.14% |
【欠席者】木村 頼弘・上田 博和・大川 裕・一寸木 芳行・
長田 英一・河野 友美子・濱野和 裕也・古川 剛士
【今回メーキャップ】一寸木 芳行 鈴鹿ベイRC
【前回メーキャップ】
【前々回メーキャップ】
ニコニコ箱
| 年月日 | ニコニコ箱 | 累計 | 目標 |
|---|---|---|---|
| 3月31日 | 13,000 |
438,493 | 800,000 |
本日のお客様
本日はいらっしゃいません
幹事報告 澤田幹事
①書き損じハガキ等で色々な社会貢献が出来る案内が来ました。後方の掲示板に掲載しますのでご覧ください。
②次週は理事会があります。理事の方は11時談話室にお集まりください。
ニコニコ箱発表 安藤会員
〇須藤 公司さん・・・本日卓話の山田かな先生ご無沙汰しております。本日の卓話楽しみにしています。よろしくお願いします。
〇清 康夫さん・・・この3月24日、結婚して60年になりました。これからも健康に注意して元気を保ちたいと思います。
〇露木 清勝さん・・・妻の誕生日をお祝いして頂きありがとうございます。
〇神保 幸雄さん・・・桜が開花してきました!わき見運転が多くなりますので交通事故には気を付けましょう。
改ページ
会長挨拶 須藤会長
本日はロータリーソングについてお話いたします。
ロータリーソングは、現在、世界で 140 曲以上あるそうです。日本のロータリーソングで最もよく歌われ、かつ最も古い「奉仕の 理想」と「我等の生業」は、1935 年(昭和 10 年)、京都の地区大会で発表されたものです。
*奉仕の理想(1935年~) *我等の生業(1935年~) *手に手つないで(1952 年~) *それでこそロータリー(1953年~) *四つのテスト(1973年~) 」は、作詞は前田和一郎(京都RC会員、都製薬所 社長)で、作曲は荻原英一(東 京RC会員、東京音楽大学教授)です。実は、前田が書いた元々の歌詞は“世界に捧げん我らの生業”でした。しかし、時のガバナー村田正蔵(大阪RC会員、大阪商船社長)から、時勢に鑑みて“御国に捧げん我らの生業”に変更するようにと要請され、変更を余儀なくされたそうです。終戦後、前田は亡くなる前、親しい友人に「いつの日か、歌詞を“世界に捧げん”に戻してもらうと有り難い」という言葉を残しています。「我等の生業 」は、作詞が高野辰之(東京音楽大学教授)、作曲が岡野貞一(東京音楽大学元教授)です。実は、二人ともロータリアンではありません。そればかりか、この二人は唱歌(しょうか)「ふるさと」 をはじめ、「春の小川」、「春が来た」、「おぼろ月夜」、「紅葉(もみじ)」などの作詞・作曲の名コンビです。「ふるさと」は、曲調は賛美歌ですが、歌詞は和歌を基調としたもので、深い趣がある日本独自の唱歌として知られています。それだけに、「我らの生業」も同じような趣を感じる人も少なくないでしょう。この二人がロータリーソングを作ることになった経緯については、よく分かっていません。「奉仕の理想」を作曲した東京RC会員の荻原英一が、東京音楽大学の繋がりで縁 をとりもった可能性もあるのでしょうが、調べた限りでは不明でした。 第2次大戦後に作られたロータリーソングでは、1952年 (昭和 27 年)に大阪の地区大会で発表された「手に手つないで 」が有名です。これは東京RC会員の矢野一郎によるものですが、彼は翌1953 年(昭和 28 年)にも「それでこそ ロータリー 」を発表しています。どちらの曲も、彼の作詞・ 作曲です。「手に手つないで」は、クラブや地区単位で行われる懇親会の最後に、参加者全員が手をつなぎ、大きな輪を作って大合唱します。入会後しばらくは気恥ずかしく感じた方もいたと思いますが、すぐに楽しいと実感できるようになったのではないでしょうか。そうなれば、もう立派なロータリアンの仲間入りでしょう。 もう一つ、忘れてはならないロータリーソングが「四つのテスト 」です。ご存知のように「四つのテスト」は、1932年にシカゴクラブの ハーバードティラー が 会社再建の経営管理指針として考案したもので、1943年には、RI理事会が「職業奉仕プログラムの一つの構成要素とする」と決議しました。その後、Taylor は 1954-55年度(ロータリー創立50周年記念の年)のRI会長に就任し、「四つのテスト」に関する著作権をRIに移譲しています。4 実は、日本ではロータリー創立50周年記念事業の一環として「四つのテスト」の邦訳が公募され、 1954年(昭和29年)、当選したのが本田親男ほんだちかお(東京RC会員、毎日新聞社長)の作品だったのです。
以来、ロータリアンなら誰もが暗唱できる名文として引き継がれてきましたが、1973年(昭和48年)、 これに歌をつけたのが水谷暢宏(相模原南RC会員、作曲家)です。彼は真面目な性格でクリスチャン、「四つのテスト」を暗唱できるようにとつけさげしたそうです。その後、同年11月に甲府市で開催された第359地区(現2620地区)の地区大会で発表され、「ロータリーの友」誌にも楽譜付 きで掲載されました。以後、全国に広がっていきました。 興味深いことに、「四つのテスト」の作曲版には、歌手としても有名な藤山一郎(東京西RC)の 「四つのテストの歌」もあります。これは、1988年(昭和63年)6月号の「ロータリーの友」誌にも 掲載されました。しかし、「時、既におそし」だったようで、今も全国的に歌われているのは水谷暢宏が作曲した「四つのテスト」です。
ところで、皆さんは「手に手つないで」の1番と2番の歌詞の違いをご存知でしょうか?
【一番は 一つ心に】【二番は 世界と共に】です。
作詞・作曲も東京ロータリークラブの矢野一郎様の唄でした。
これで本日の会長を終わります。