小田原城北ロータリークラブ

第2780地区第9グループ小田原城北ロータリークラブ会報

小田原城北ロータリークラブ会報 第2058号(2025年7月8日発行)


【R.I. 会長】フランチェスコ・アレッツォ
【R.I. 2780地区ガバナー】松下 孝
【第9グループガバナー補佐】髙杉 尚男
【会 長】須藤 公司
【副会長】柳井 渉
【幹 事】澤田 大佑

【副幹事】加藤 長治
【会場監督】木村 賴弘

本日の例会:通常例会(第2286回)

会場:小田原卸センター内
日時:2025年7月15日
司会:加藤 長治
12:30~

開会点鐘:須藤会長
ロータリーソング「我等の生業」
スピーカー及びビジター紹介
慶事祝福
会長挨拶
幹事・委員会報告
出席報告・ニコニコ箱報告
閉会点鐘:須藤会長
13:00~ 本日の卓話
13:30 閉会点鐘:須藤会長

【今後の例会・卓話スケジュール】

7月22日 休会
7月29日 通常例会
8月5日 通常例会

第2285回 通常例会(2025年7月8日分)

年月日 会員数 出席 M.U 出席率
7月8日 37(30) 26 1 78.79%
7月1日 37(31) 31 1 100%
6月17日 38(31) 28 0 80.00%

【欠席者】清 康夫・杉崎 勝成・上田 博和・大川 裕・荻野 善             明・長田 英一・大畠 顕・濱野和 裕也
【今回メーキャップ】荻野 善明 北海道2500ロータリーEクラブ
【前回メーキャップ】永松 範之 北海道2500ロータリーEクラブ
【前々回メーキャップ】

ニコニコ箱

年月日 ニコニコ箱 累計 目標
7月15日 11,000 48,000 800,000

本日のお客様

足柄RC 勝又 忍様・三浦 千典様・森田 哲永様 

幹事報告 澤田幹事より

①今月のロータリーレートは145円です。 ②黄金井会員から休会届が提出され理事会にて受理されましたのでお知らせします。 ③大川会員の退会・荻野会員の理事辞退により、木村会員と田嶋会員が理事に就任されました。 ④昨年のクリスマス例会でバイオリン演奏された梅本様からコンサートのPRが届いております。8/23(土)南足柄市文化会館14時開場入場無料となっております。 ⑤次週例会の卓話は整体師の三鍋様です。皆さんお楽しみに。

ニコニコ箱発表 安藤会員

〇足柄RC勝又様・・・城北ロータリークラブの皆様こんにちは。先日当クラブの年初例会に、須藤会長、澤田幹事、お越し頂きありがとうございました。本日はよろしくお願いいたします。
〇足柄RC三浦様・・・入会して2年目になります。小田原城北ロータリークラブさんにお勉強させていただきます。よろしくお願いします。
〇須藤 公司さん・・・先週の年初例会は皆様大変ありがとうございました。本日より通常例会です。よろしくお願いします。又、本日卓話の箱根湯本芸能組合の皆様、本日卓話楽しみにしています。
〇櫻井 康二さん・・・青少年交換留学生としてイタリアに派遣させて頂いていた息子の大介ですが、7月3日無事に帰国いたしました、ありがとうございました。また、当日お迎えに来ていただきました須藤会長、澤田幹事、富田カウンセラー、荒木直前幹事、神保会員、荒木会員の奥様ありがとうございました。7月29日の例会にて帰国報告会をさせて頂く予定ですので宜しくお願い致します。

〇加藤 長治さん・・・今年度司会を務めますが、非常につたないものになろうかと思いますが、宜しくお願いします。あたたかい目で見守って下さい。
〇石﨑 健太郎さん・・・本日は仕事の都合上早退させて頂きます。
〇神保 幸雄さん・・・足柄ロータリークラブの勝又さん、森田さん、三浦さん、ようこそ小田原城北ロータリークラブへ!

改ページ

会長挨拶 須藤会長

先週の年初例会では大変お疲れ様でした。皆様のご協力により無事スタートが切ることが出来ました。有難うございました。 いよいよ本日より通常例会が始まります。 一年間どうぞよろしくお願い申し上げます。 さて、本日は通常例会での始めての会長挨拶なので、米山梅吉の話をしたいと思います。 米山梅吉は1868年東京芝田村町に生まれました。父は奈良県大和高取の藩士和田竹造、母は静岡県三島大社の神官(しんかん)日比谷右京の娘 うた である。 梅吉が4歳の時、父竹造はなくなった。その後やむなく、母の故郷である、三島に移りすんだ。梅吉は幼少期から、驚異的な能力を持つ神童(しんどう)と言われる秀才であった。 梅吉は7歳の時、兄、和田栄次郎が教師を務める小学校に入学しました。その後11歳の時、米山家がこの出来のよい梅吉に目を付けて養子となりました。この米山家は今川時代からの北条時代を経て、4百年も続いた旧家の名主の家である。 1881年沼津中学に入学し、毎日2里、今でいう8キロの道を長泉町から、毎日歩いて通っていたそうです。この学校の前身は沼津兵学校といい、今も沼津駅前には、兵学校跡の記念碑が建っているそうです。この中学校の校長は江原素六であり、梅吉はこの江原素六を第一の師とし、のちに影響を受けていきました。江原は当時衆議院員の政界にも身を投じた人物である。この江原の影響で、梅吉は弁論をこのんだり、自分で雑誌等を作って投書をしていたようです。その後 明治18年頃、梅吉は東京府採用試験受け合格しました。17歳である。これにより渡米の資金を溜め、明治20年銀座の福音会英語学校に入学しその後、20歳で渡米をしました。渡米した梅吉は第二の師と言うべき青山学院長 本多庸一(よういつ)に出会います。本多庸一はキリスト教の指導者で青森県議員等をへて、日本メソジスト教会の初代監督を務めた人物である。渡米8年でアメリカの知識をもち帰国をしました。その後明治29年妻 はる と結婚をし、この時28歳である。この翌年には長女 愛子が産ました。帰国後は日本鉄道会社へ入社しましたが、鉄道の仕事は技術畑が強く長居せず、旧友 藤田四郎の口添えで三井銀行に入社しました。入社1年で神戸支店次長になり、欧米銀行業務視察で1年間渡米しました。そこで、出会ったのが三井物産の福島喜三次(ふくしまきさじ)である。福島喜三次はこの時すでにアメリカのダラスロータリークラブに入会しており、梅吉はロータリークラブに出会いました。帰国後、1920年 10月梅吉は東京ロータリークラブを創立し会長に就任しました。この時の幹事は同じ時期に帰国していた、福島喜三次を指名したようです。
ただ福島は、第1回、第2回の例会出席後に三井物産大阪支店に転勤を命じられ、大阪に転勤し退会をしました。その後福島も1922年大阪ロータリークラブを設立しました。それから梅吉は1924年~1926年度国際ロータリーのスペシャルコミッショナー、1926年~1927年度RI理事になり、これは日本人初であります。1928年~31年度は第70地区ガバナー等を歴任しているそうです。またその後1952年、東京ロータリークラブは梅吉の功績を記念し、日本で学ぶ外国人留学生に対して、支援を行い、米山奨学制度を構想しました。現在のロータリー米山記念奨学会です。その後彼は1946年4月28日静岡県長泉町にて亡くなりになりました。墓地は長泉町記念館近くと横浜市総持寺の2ヶ所にあるそうです。このように、ロータリークラブは1905年にアメリカ合衆国イリノイ州シカゴに誕生し、シカゴの不道徳な社会に陥り(おちいり)、商道徳の地に落ち、騙(だます)す騙されるが当たり前の状況を、本当に信頼できるメンバーのみで交流すると誕生させ、ロータリークラブを日本に作った人物であります。現在は200以上の国と地域に3万3000近くのクラブがあり、会員数は120万人になります。まだまだ米山梅吉は多くの功績や、歴史があります。以上の様に日本人で初めてのロータリアンは福島喜三次 日本で初めてロータリーを作ったのが、米山梅吉になります。 次週は福島喜三次氏の生い立ちを話したいと思います。 本日はこの辺で終わります。 ありがとございました。

卓話 箱根湯本芸能組合 松芳 杏様『箱根湯本について』

箱根湯本芸能組合 杏様 琴音様 なず菜様

 

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